羽入誕生日記念SS 「羽入聖誕祭」


 誰もいない夜の校舎はどうしてこう薄気味悪いのだろうか。俺はそんなことを考えながらも、なるべく足音を立てずに廊下を歩く。しかし、痛んだ板はまるで 侵入者を知らしめるかのように、ギシギシと音を立ててしまう。
 どうにか教室の扉の前に辿り着き、トントンと二回叩く。
「合言葉は?」
 くぐもった声が扉の向こうから聴こえた。俺は言われた通りに合言葉を言う。
「シュークリーム百個分」
「よろしい」
 ガチャリと施錠が解除され、俺は中へと足を踏み入れた。
 ……で、入ってすぐにこう言ってやる。
「あのな、ここまで仰々しくするか普通」
「えー、だって羽入には内緒だしさー、これぐらいした方が良いに決まってるじゃーん」

 凄くご不満な感じで魅音がぼやいた。まぁ、言わんとしていることは理解できるが。
「てか、なんだよその格好」
 魅音の他にもレナ、沙都子、詩音も来ていたのだが、皆格好が奇抜だった。

 いや、御幣があるようだが皆が皆共通の格好をしているのだ。それは今まさに黒魔術とか怪しい儀式でも始めるんじゃないか、と思うほど。
「これ? へへー気分出てるでしょ」
 そう言って魅音は笑いながら裾を捲る。ああ、あいつらが着ているのはフードのついた黒いマントだ。そこまでは良い。想像の範囲内だからだ。けど……
「なんでこんな気味悪い仮面まで着ける必要があるんですか、お姉」
 あ、詩音に先に言われた。
「そうだよ魅ぃちゃん。それに今は七月だよ。いくら夜でも暑いよ……」
「しかも密室状態で蝋燭まで立てて。全く魅音さんは、わたくし達を一酸化炭素中毒で殺すおつもりですの?」
 お前ら……そこまで言うか。
「いや……だってさ、少しは気分を盛り上げようと」
「お姉、誕生日パーティーの計画なのにどうして黒魔術よろしくやらないと行けないんですか!」
「だって羽入だよ? 神様って聞いたしさ、それぐらいやるのが普通じゃないか!?」
 うわ、逆ギレしたよ。
 そう、八月一日は羽入の誕生日だ。俺たちは彼女の誕生日を祝うため、事前に分校の教室内で待ち合わせ、計画を練ろうとしていたのだが。
 因みに梨花ちゃんは羽入の相手をしてもらっている。
「なるほど……一理ありますね」
 納得しちゃったよ!? やっぱこいつら双子だな。
「そうですね、神様(自称)の羽入さんの為には私達だけで祝う……と言うのは規模が小さい気がしますね。ここはやはり、村人総出で祝った方が」
「いや、普通で良いと思うぞ」
「レナもそう思うかな、かな。やっぱり私達だけで祝おうよ」
「レナさん。私の案に賛成してくれたらこのケンタくんストラップをあげますよ」
「賛成!!」
 うぉい!!
 って、ちょっとまて詩音。なんでこの時代にストラップがあるんだよ!?
「圭一さん、一々反応などしていたら、身が持ちませんですことよ……」
 あれ、なんだか沙都子が凄く疲れている。

 それから三人はあーでもないこーでもないと意見を出し合い、しかし中々良い案が浮かばず、結局朝になってしまった。
 その後が大変だった。こっそり教室を出てこっそり家に戻り、事なきを得る筈だったのだが、教室の扉を開けた瞬間知恵先生と鉢合わせ、こっぴどく叱られ た。けど、理由を話して両親にはお泊り会だったと誤魔化して貰えたが。

 まぁそんなことがあった日の昼。

「やっぱりさ、普通に祝ってやろうぜ。どうせなら分校の生徒皆で」
「うん、それが良いと思うな。丸い誕生日ケーキに蝋燭立てて、ふーって」
「定番のバースデーソングを皆で歌って……」
「誕生日プレゼントをお渡しして」
「……うん、そうだね。おじさん、どうも拘りすぎていたみたいだ。よし! 皆―集合!」
 皆を呼ぶ寸前、魅音は梨花ちゃんと目配せする。
「みぃ、ボク達はお外で待っていましょうなのです〜」
「え、あの……梨花?」
 魅音の意図を察した梨花ちゃんが羽入を連れて教室を出る。同時に他の皆が俺たちの机に集まってきた。
「どうしたんですか、委員長?」
 クラスメイトの一人が魅音に尋ねる。
「皆、八月一日が羽入の誕生日だってことは知っているね?」
 全員、はいと頷く。
「誕生日まで残り三日しかない。それまでにこの教室を飾りつけ、プレゼントを用意し、ケーキも作らなければならない!」
 皆、魅音の言葉を真剣に聞いている。
「諸君! 今こそ分校の生徒が力を合わせる時が来た! 持てる力を限界まで引き出せ! 己の財政的限界ギリギリまで絞ってプレゼントを選べ! 羽入バース デーパーティー成功のために! 立てよ同志! 立てよ諸君!!」
 ……お前はどこかの赤い人かよ。
「ジーク・魅音!!」
 お前らも悪ノリしなくて良いっての!!


 ■ ■ ■ 


「梨花……どうして僕達だけ皆と一緒にいてはダメなのですか?」
「良いから。あんたは私と一緒にいればいいのよ」
 梨花に引っ張られる形で、僕は今保健室にいる。消毒液独特の臭いが充満しているこの部屋は僕はちょっと苦手で。ほんとはすぐにここから出て、皆のいる教 室に戻りたいぐらいに。
 けれど、それを梨花が許さない。
 ふと、考える。
 最近皆、どういうわけか僕達を避けているような気がする。……否、僕達ではない。”僕”をだ。昨日だって皆が何か話していたから近づいたら「なんでもな いよ」と言ってはぐらかされた。今日だって……。

 もしかして僕は、知らず知らずのうちに、皆を傷つけてしまったのではないか。
 幾多も繰り返した世界のように、気が付かないうちに、取り返しのつかないことを。
 だから皆僕を避けて……そ、そんな。
「どうしたのよ、羽入?」
 梨花が僕の顔を覗きこむ。一瞬、梨花が僕を責めているような気がして。凄く、申し訳ない気持ちになって……泣きたくて。
「ご、ごめんなさいなのです!!」
 僕は実体化を解除すると、そのまま壁をすり抜けて外へと飛び出すのだった。

 遠くから梨花の叫ぶ声がする。けど僕は立ち止まらず、真っ直ぐ真っ直ぐ、飛び続けた。


 ■ ■ ■

「あの、馬鹿!!」
 保健室を通りかかると、梨花ちゃんの激昂する言葉が聞こえて驚いた。俺はただ事じゃない気がして、扉を開ける。
「梨花ちゃん、どうした……?」
「圭一」
 俺は一瞬、梨花ちゃんが別人に見えてしまった。だって、ここまで表情を険にしているのは初めて見るからだ。
 うっすら目尻に浮かんでいる涙を、俺はそっと拭ってやる。
「……一体、何があったんだ?」
「羽入よ。あの子、自分が何か悪い事をして避けられていると思っているみたいなのよ」
 梨花ちゃんが唇を噛む。
 悔しいんだろう。彼女は。どうして仲間である自分達を信じてくれないのか。どうして、そんなことを考えてしまうのか。
「じゃあ……さ。梨花ちゃん、もし梨花ちゃんが羽入と同じ状況になったらどう思う?」
「……え」
 梨花ちゃんは俺の質問が理解できなかったのか、きょとんとした顔をする。
「もしもの話だ。皆がこそこそ何か話していて、自分も混じりたいと思って近づいて、なんでもないよ、なんて言われたらどう思う?」
「……あ」
 ようやく梨花ちゃんが俺の言わんとしている事を理解したようで、はっとした顔をする。そう、羽入は勘違いをしている。けど、勘違いしてしまうような状況 を作ってしまった俺達ににも、非はある。
「俺たち部活メンバーには、大切なことがあるじゃねぇか。それを、羽入に教えてやろうぜ」
「決して仲間を疑わない。決して自分を疑わない。困った事があれば」
「「仲間に相談する!」」
 最後、梨花ちゃんと俺の言葉に混じって他の皆の声がシンクロする。
 いつの間にか、扉の向こうで魅音、詩音、沙都子、レナがそこにいた。


 ■ ■ ■


 僕は……やはり皆の仲間である資格なんて、無いのだろう。
 僕は角が生えていて、人間じゃなくて、皆とは違う時間を生きている存在。
 決して、誰かと交わることも、重なることも、できない。
「僕は……ずっと一人なのです」
 膝を抱え、蹲る。神社の石段はとても熱くて硬くて。けど、今の僕には丁度良い。
「馬鹿ね」
「!?」
 梨花の声がして、僕は顔を上げる。そこには梨花だけでなく、圭一も、レナも、沙都子も、魅音も詩音も、ううん、それだけじゃない。分校の生徒全員がそこ にいた。
「どう……して?」
 声が震える。ああ、ダメだ。ダメダメ。涙よ、今は出ないでくれ。
「どうしてって、決まっているじゃん」
 魅音が、当たり前のことのように。
「まったく。心配しましたのよ。羽入!」
 沙都子が……頬を赤くして。
「ま、こちらにもちょっとダメダメなところはありましたし、おあいこです」
 詩音が、照れたようにチロっと舌を出して。
「羽入ちゃん、こそこそしちゃってごめんね」
 レナが、凄く申し訳なさそうに。
「羽入、来い。俺たちは仲間だ。俺達はお前を絶対に避けない。絶対に、裏切らない。今回の事に関してはちゃんとした理由があるんだ。今からそれを話す。信 じて欲しい」
 圭一が、いつもの明るいノリと口調で。
 ああ、僕は馬鹿だ。こんなにも素晴らしい仲間の言葉を、思いを、どうして一瞬でも信じることが出来なかったんだろうか。
 僕はこくりと頷く。瞬間、梨花が僕に抱きついた。


 ■ ■ ■


 八月一日。
 今日は天気も空気を読んだのか、降水確率50%の割には、雲ひとつ無い青空が広がっていた。
 羽入が何やら「僕に掛かれば天気なんて自由自在なのですよ」なんて言っていたが……まぁ気にしない方が良いだろう。
 そう言えば昨日の事で気になることが一つある。
 羽入はどうやって保健室を抜け出したのか、だ。
 ドアの方から出たと結論付けるのは簡単だ。けど、それなら梨花ちゃんの見ていた方角が矛盾を生じることになる。彼女はドアの方ではなく、窓の外を見てい た。けれどその窓には鍵が掛かっており、羽入が自分で閉めたとも、梨花ちゃんが閉めたとも考え難い。
 そのことを梨花ちゃんに訊くと、彼女はこう答えた。
「羽入は神様なのですよ。にぱ〜☆」
 俺は取り敢えず、それで納得する事にしたのだった。

 さて、今日はいよいよ羽入の誕生日だ。
 校長先生と知恵先生、他の分校生徒の協力もあってどうにか飾り付け、ケーキの用意はする事ができた。
 プレゼントを忘れているんだろうって? ふ、甘いな。それもちゃんと用意済みだ。
「おーい圭ちゃ―――ん! パーティーが始まるよー!」
「早くおいでなさいまし――!!」
 二人が大声で俺を呼ぶ。はいはい、今行くって。
 俺は小さな箱をそっとポケットに仕舞うと、皆の下へと走っていく。
 羽入が一体どんな顔をするのか、今から楽しみだぜ。

 皆の所に行くと、羽入は何やら興奮しているようで、椅子に座ったままそわそわしていた。
 緊張……ではない。嬉しいんだ。梨花ちゃん曰く、羽入は自分の生まれた日、こんな風に祝ってもらったことはないのだと言う。
 勿論、神様らしいので、村人から祀られることはあった。けれど、羽入にとっては今一番、この瞬間が何よりも嬉しいのだろう。
「こほん。それじゃーそろそろ始めようか。圭ちゃん、最初の一言よろしく!」
 魅音にマイクを手渡され、俺は何を言うべきか思案する。
 最初はやはり。この言葉から始めるべきだろう。

「それじゃ……羽入。お誕生日……おめでとぉ―――!!!」


 誕生日。
 それは決して忘れることのできない思い出の一ページ。
 羽入、ハッピーバースデー。