あっちこっち二次創作SS

 「ぼーいあんどがーる」


 ――めきっ

 電信柱に皹が入り、今まさに折られんとばかりにぐらぐらと揺れる。
 日曜日の休日の午後、何となく散歩しようと商店街を歩いていた時、音無伊御を見かけ、声を掛けようかどうか悩んでいた所、『とんでもない場面』を見てし まった御庭つみきは、慌てて隠れた電信柱の影から一歩も動けないでいた。
 嘘だ、きっと何かの間違いだ。心でそう言い聞かそうとするも、しかし「もしかすると……」と悪い方向へ向かってしまう。
「伊御……」
「おや、つみきさんじゃないのん。はろー」
 つみきはぽつりと想いを寄せている彼の名前を呟く。それと同時、背後から自分を呼ぶ声がして飛び上がるぐらい驚いた。いや、実際に飛び上がってしまった のだが。
「……ま、真宵」
 爆発しそうなぐらい暴れている心臓を静めるため、胸に手を当てながらつみきは振り返った。そこには私服に白衣という奇抜な出で立ちをした片瀬真宵の姿が あった。
「つみきさん、こんにちわです」
 その真宵の隣にいたのは清純なピンクのワンピースにカーディガンと言う私服を纏った少女、春野姫だった。彼女はぺこりと頷くと挨拶をする。
「こ、こんにちは。奇遇ね、二人とも……」
 つみきは狼狽する。まさかこんな所でこの二人と出くわしてしまうとは。今「アレ」を見ている所を見ていたなんて真宵に知られたらどんな風にからかわれる か。
「つみきさんも買い物かね?」
「電柱に隠れて何してたんですか?」
「な……なんでもにゃいわよ!」
 ふかーっと威嚇する。しまった、これでは逆に動揺しすぎてばればれではないのか。
 つみきはそう思いつつも、ポーカーフェイスを装うことができない。
「ふーん、あそこに誰かいるのねん」
 真宵が電信柱から顔を出す。
 刹那、つみきの神速を超える手が彼女の後頭部を掴み、後方にあるコンクリートの塀へとぶん投げた。

 ――ぐわっしゃぁぁぁん!!

 塀の一部が瓦礫の山と化し、真宵の口から魂がだだ漏れる。
「ままま、真宵さぁ――ん!?」
 突然の出来事に姫はうろたえ、つみきと真宵を交互に見つめる。
「ふぅ……」
 額の汗を拭い、取り敢えず危機は去ったわ、と安堵。実際何も解決してないわけだが。
 改めて伊御のいた方へと顔を向ける。今度はおもちゃ屋さんに入っていく所が視認された。
「あれ、伊御さんじゃよね?」
「!?」
 いつの間に復活したのか、ぱんぱんと白衣についた埃を払いながら真宵が言う。つみきは思わず驚いてしまい、電信柱に背中をぶつけるが、痛がっているどこ ろではなかった。
「なるほどにゃあ。休日散歩に出かけたら偶然商店街で伊御さんを見かけ、声を掛けようかどうか迷ってしまい、思わずストーカーっていると」
 どうしてここまで勘が鋭いのか、つみきは感心してしまう。
「普通に声を掛ければ良いじゃないですか」
「だ、だって……」
 姫が最もな意見を言う。しかし、それが出来れば苦労はしない。
 つみきは両手の人差し指をつんつんさせながら、自分が見た衝撃的瞬間を口にした。
「お……女の人と一緒だった」
 暫しの静寂。
 数秒後、姫と真宵が目を合わせる。
(姫っち、もしかしてみいこさんじゃないのん?)
(私も一瞬そう思いましたけど、あの人今お店にいる筈ですし、第一みいこさんだとつみきさんがここまで動揺するのもおかしいかと……)
(じゃよねぇ、とするとやっぱり……)
(やっぱり、なんですか?)
「ざ☆うわき!」
 やべ、思わず声がでかくなった。
 慌てて口を抑えるがしかし遅く、つみきはいきなり電信柱にトドメをささんがばかりに更に強く掴んだ。

 ――めき、べき、びしし!

 電信柱が! 電信柱が本当に折れてしまう!!

「じょ、冗談じゃよ冗談! きっとつみきさんの勘違いじゃよ!?」
「そそそ、そうですよ! だから落ち着いてくださいつみきさあああん!?」
 二人は慌ててつみきのフォローに入る。
 どうにか深呼吸して落ち着きを取り戻すが、つみきの悶々は晴れそうに無い。
「仕方ない……」
「真宵さん、どうするんですか?」
「れっつ尾行♪ これしかあるまいて!」
 前回も同じようなことしたわね……と心の中で思いつつも、つみきは特に異論はないようで黙っている。
 姫も二人に逆らっても無駄だと理解しているので、異議を唱える気は元から無い。


「ターゲットはおもちゃ屋さんでぬいぐるみを物色しているようじゃね」
 こそこそと商品の棚の影に隠れながら、真宵が目標の行動を報告している。何故かサングラスを掛けているが意味は特に無い。
「その前は電気屋さんと雑貨屋さんに寄っていたわ……」
 つみきの声が震えている。
「姫っち、伊御さんの隣にいる女性、誰だか解かるかにゃ?」
「ええっと……あれ、クラスメイトの咲さんじゃないですか?」
「「あ」」
 名前を聞いてつみきと真宵が反応する。
 崎守咲。伊御達と同じクラスメイトであり、友人の一人でもある金髪の少女だ。
「伊御さんと咲っちが……むぅ、ますます謎だにゃ……は! もしやデ――」
 デート、と言おうとした瞬間、つみきが物凄い形相で睨んだので、真宵は口を噤み、言い換えることにした。
「で、で、デット オア アライブ!」
「生と死ですか――!?」
 ああ、もはや何が何やら。
「そんなこと……ないもん」
 伊御がクラスの女子と遊ぼうが何しようが、それは彼の自由であり、自分がどうこう言って良いことでは無い筈だ。
 しかし、胸をきゅっと締め付けられるような感覚につみきは耐えられなかった。
「そんなこと……ないもん」
 同じ台詞を繰り返す。そんな彼女を、友人である二人はもう、見ていられない。
「つみきさん……しっかりしてください」
「そうじゃよ。まだ伊御さんが咲っちとデートしているって決まっているわけじゃないのじゃし」
「そうですよ。気になるのならお二人に直接聞きましょうよ」
 そう。最初からそうすればよかったのだ。
 こそこそ隠れたり尾行したりせず、直接聞けばよかったのだ。
「けど……本当にデートだとしたら二人の邪魔しちゃうし」
「何言ってるんじゃよ! 本当に伊御さんのことを思っているのなら、愛しているのなら、とことん邪魔してやろうじゃん!」
 と、いきなり真宵は白衣の袖口から丸い物体を取り出した。見るからに怪しいものだが、彼女は本気で邪魔する気満々のようだ。
「真宵……ありがと」
 うつむき加減でお礼を言うと、つみきは丸い物体を掴むと真宵の口へと押し込み、ボタンを押した。

 ――ぼぼん!

「んばぁ!?」
 口の中で爆発が生じ、もくもくと煙が出る。
 真宵はまぁ……生きているだろう。
「つ、つみきさん。やりすぎじゃないですか……」
「良いのよ。――姫もありがと。そうね。こんな風にこそこそしないで、ちゃんと伊御に聞けばよかったのよね。私馬鹿ね、一人であれこれ考えて……暴走し て」
「つみきさん」
 がんばって、と言おうとした時だった。
「何やってんだ、お前ら……」
 いつのまにか姫の背後には、伊御が呆れた顔で立っていた。
 そりゃ、あんな爆発音を立てれば気づくと言うものだろう。いくらド鈍い伊御でも。
「あれ、春野さんに御庭さんじゃない。どうしたの?」
 ひょこっと咲が顔を出す。つみきも姫も苦笑するしかない。
 伊御は「さてどうしたものか」と腕を組み、考えるのだった。


 ――時間は、一日ほど遡る。
 昼休み、普段ならいつものメンバーと昼食を取る伊御だったが、彼は咲と一緒にいた。
 学校の屋上。澄み切った青空、爽やかな風が頬を撫で、絶好の昼食日和である。二人は屋上のベンチに隣り合って座り、お弁当を食べていた。
「それにしても珍しいね。音無君が私に頼みたいことがあるなんて」
「ああ、まぁな」
 ややぶっきらぼうな言い方だが、それが彼の性格だと言うことは咲は理解している。
 伊御は何品か自分の弁当のおかずを食べた後、彼女の方を向いて言った。
「もうすぐつみきの誕生日なんだが、何を贈ったら良いのか分からなくてな……その」
 ごにょごにょと言葉を濁し、真っ赤になる伊御。咲は思わずかわいい、と思いつつ、理性を保たせる。
「私に選ぶのを手伝ってほしい、と」
 こくりと伊御が頷く。
「うーん、それなら真宵と春野さんに訊けば良いじゃない。普段から一緒にいるんだし、私なんかより参考になると思うよ?」
「いや、それはそうなんだが……」
 言葉を区切り、再び弁当のおかずに箸を伸ばす。噛んでいる最中は喋らない。かなり伊御は礼儀正しかった。
 良く噛んでから飲み込み、伊御は再び口を開く。
「真宵はああ言う性格だから絶対にからかうだろうしろくな展開にはならないからな。姫が知るとそのまま真宵にも知られそうだから」
 ああ、なるほどと咲は納得した。しかし結局プレゼントを渡すとそれはそれでからかわれそうだが。
「まぁそう言うことだ。頼めるか? いや、無理なら良いんだが」
「ま、協力してあげないこともないけどー、条件があるわ」
 咲はいたずらを思いついた小悪魔のごとく笑みを浮べる。
「条件?」
「明日の日曜日、プレゼント選びを手伝うと同時、私とデートして欲しいなー、なんて」
 頼みごとをする手前、伊御は断れるはずもなく。
 結果彼はその条件を飲むことにした。
 そして日曜日に商店街で待ち合わせという約束をし、お昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。

 因みに咲は伊御が食べ終わるよりも早く、自分の弁当を終えていた。


「結局デートな訳ですか――!?」
 伊御から話を聞かされた姫は驚いて声を荒げてしまう。
 いつまでも店にいては迷惑だと言うことで、皆は場所を公園に移したのだった。
 ベンチで寝転んでいる真宵は無視するとして。
「ごめんね、御庭さん。その……ゆるしてくれる?」
 咲がベンチで座って俯いているつみきを覗き込む。泣いているのかも知れない。もしかしたら噛まれるかもしれない。そんな恐怖を抱きつつも、咲はつみきに 話し掛ける。
「……ぷ」
「ぷ?」
 姫が、伊御が、咲が同時に首を傾げる。
「プレゼント……。伊御が、私に、プレゼント……はふぅ」
 思いっきり顔を赤くしてトリプっていた。三人は思わずずっこけてしまう。
「ですけど、言ってくれたら協力しましたのに」
 姫は少しだけ不満そうな声を出した。仲間外れにしたのが許せなかったのだろう。
「ごめんな。別に姫を信用してなかったわけじゃないんだが……」
 ちらりとベンチで横になっている真宵を一瞥し、嘆息する。
「約一名、絶対に何かしでかす輩がいるから不安でな」
 姫とつみきは納得した。確かに、トラブルメーカーである真宵のことだ。プレゼント選びを手伝うどころか、とんでもない行動に出るに決まっている。
「それと、三人に内緒にしてたのには、もう一つ理由があるのよ」
「あ、こら! 言うんじゃない!」
 咲がいじわるそうに笑みを浮べた。伊御が制しようとするが遅く、彼が三人に内緒にしようとしてた本当の理由を話し出す。
「いつもお世話になっているあなた達に、だってさ」
「えっ」
「にゃんと!?」
 真宵がベンチから起き上がり、驚きの声を上げた。姫は伊御の顔を凝視している。
「御庭さんの誕生日プレゼントと、春野さんと真宵にも何かプレゼントを贈りたいって。だから内緒にしてたんだよね」
「うう……」
 恥ずかしさのあまり、伊御はかぁーっと真っ赤になって俯いてしまう。
「全く音無君ったら。素直じゃないし不器用だよね。ま、そこが良い所なんだけど♪」
 伊御に向かってウィンクし、それをつみきがガードする。くすくすと笑いながら咲はベンチから立ち上がる。
「さて、私は満足したし帰るかな。じゃあねみんな〜」
 まるで嵐のように、咲はこの場を後にした。
「さ、崎守さん、まるで台風のようでしたね……」
 姫の率直な感想に皆頷くだけだった。


「さて、と」
 おもむろに伊御が袋の中に入っている綺麗にラッピングされた箱を取り出し、つみきに手渡した。
「い、お?」
 箱を受け取り、つみきはきょとんとする。
「その、誕生日おめでとう……つみき」

 ブ――――――!!

 ぽりぽりと照れ臭そうに頬を掻く伊御に、つみきは思わず鼻血を噴射する!
「はい、姫と真宵にも」
 つみきの鼻を慣れた手つきでティッシュで拭ってあげながら、伊御は姫には大きな袋を、真宵には少し小さめの箱を手渡す。
「あ、ありがとうございます……伊御君」
「さんきゅー伊御さん。開けていいかにゃ?」
 びりびりとラッピングを破りながら真宵が尋ねる。
「……そう言うのは破る前に聞いてくれ」
 伊御が呆れた声でツッコミを入れる。真宵は必死にラッピングを剥がし、箱を開けた。
「しかし、ただ紙を剥がすだけで『必死』と言うのもおかしい気がするねん」
 ごもっとで。
「って、こ、これわぁ!?」
 真宵が手にしているのは、今では入手困難とまでされているパソコンのパーツだった。伊御がどうやって手に入れたのかは謎だが、真宵にとっては喉から手が 出るほど欲しいものだったらしい。
「い、伊御さん、ほんとにこれ貰って良いのん!?」
「ああ、貰ってくれ。苦労したんだぞ。俺そう言うの分からないから崎守さんに教えてもらったりしてな」
 崎守咲、出来る! 真宵はそう思った。
「はぅ――!」
 可愛らしい叫びと同時、姫が鼻血を噴出した。真宵は思わず驚いてしまう。
「ど、どうしたのん姫っち!?」
「い、いえ。すっごく可愛らしいぬいぐるみが出てきたもので……」
 ぎゅっとぬいぐるみを胸に抱き締めながら姫が言う。ぬいぐるみに血は着いてない。どうやら鼻血を出す瞬間、さっと射程範囲内から非難させたらしい。
「……可愛い?」
 伊御が姫にプレゼントしたぬいぐるみはうさぎの体の半分が機械化したような感じだった。人の美的センスをとやかく言うつもりではないが、とても可愛いと は理解し難い真宵であった。
「つみきさんは何が入ってたのかにゃ?」
「ん……」
 開けるのが勿体無いのか、それともここで開けて良いのか迷っているのか、つみきは箱を手に持ったまま俯いたままだ。
「つみき、開けても良いよ?」
「良い。後で、開ける」
「そう?」
「はっはーん。つみきさん、開けた瞬間の嬉しそうな顔を伊御さんに見られたくないから、そんなことを言うんじゃ――うぼぁ!?」
 残虐悪魔超人も真っ青なエルボーが真宵の鳩尾にヒットし、遥か後方へと綺麗な円を描きつつ吹っ飛んでいく。
「つみき。そんなの気にしなくて良いのに」
 ぽむっとつみきの頭上に手を乗せる。と言うか、吹っ飛んだ真宵はスルーですか。
「私が気にしゅるにょよ……ふかーっ!!」
 噛み噛みだった。余計に恥ずかしくなったのか、つみきは思いっきり伊御の頭に噛み付いた。
「わ、分かった分かった。俺としてはつみきの喜ぶ顔が見てみたかったんだが……」
「開ける」
 即決だった。つみきは伊御から口を離すと手に持っている箱のラッピングを外し始める。それも物凄く丁寧に、まるで包装過程の逆再生を見ているかの如く。
「これ……」
 箱から出てきたのは、リボンだった。青の、少し大きめの可愛らしいリボン。
「つみき、時々髪を結ぶ時あるだろ? その時に使ってくれたらって思って……さ」
 照れ臭そうに頬を掻く。そんな伊御の仕草と表情と気持ちとでつみきは赤面してしまう。
 姫はぬいぐるみに夢中で二人どころではなく、真宵は真宵で魂を口から出して気絶していた。

 てれりこてれりこ。


 おしまい。